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2018年8月11日 (土)

妻と夫の定年塾 

『酷暑の中で』
 近所の人に会うたび、「異常な暑さですねえ」が、朝のあいさつになってしまった。
 順子さんが庭掃除に出ると、ブルーの制服にヘルメット姿の警備員らしい男性が「おはようございます」と声をかけてきた。
 外壁を塗装する家があると、何日か前に業者のお知らせがポストに入っていたっけ、と順子さんは思い出す。工事で見通しが悪い私道が一方通行になっており、警備員は交通誘導をするため、順子さん宅の横に立っているのだろう。
 六十代後半くらいの、小柄な人だった。木陰もなく、ジリジリと真夏の太陽が照りつける。
 順子さんは心配になり、「大丈夫ですか。椅子はないんですか」と聞いてしまった。その人は「いやあ、仕事ですから」と立ったままだ。足元には小さな水筒が置かれているだけで、何もない。
 エアコンの効いた室内で新聞を読んだり、昼食の準備をしたりする合間にも、順子さんは警備員が倒れてしまうような気がして、何度も窓の外を見ずにはいられない。
 その人は酷暑の中で汗をぬぐいながら、同じ姿勢を崩さない。こんな厳しい仕事を高齢者にまかせるなら、もっとほかに方法があるでしょうにと、順子さんは涙が出そうになった。
 正午を過ぎて、食事もせず立ちつくす彼に、順子さんは冷凍室の氷をぎっしりつめたポリ袋を渡す。ありがたい、助かりますと、ヘルメットの下で彼はニコッと笑った。
(作家・夫婦のための定年塾主宰)

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